王国と魔法使い

第三魔術師デルタの憂鬱

 その日、王はお抱えの占星博士から告げられた。
「あなた様の御世の終らぬうちに滅びの星が現れて、世界は終末を迎えるでしょう」
 よりにもよって、生誕の祝いの席での無礼である。
 首を刎ねさせようと近衛の騎士に目配せしながら、王は占星博士に問いかけた。
「老人よ。そなたは私の父の代から仕えている占い学者である。したが、少し勤めが長過ぎたかも知れぬな」
「私の首がご所望ならば喜んで、あなた様の誕生のお祝いに差し上げましょう。ですが、今しばらく私の言葉をお聞きください。天下国家の危機にございます」
「よかろう。話すがよい」
 老人の横で首切り役人が刑罰用の刀を砥石にかける。
「昨夜のこと。私はいつものように天の声に耳を澄ましておりました。すると力強い星のお告げが聞こえてきたのです」
「前置きはいい。本題を」
「これは、失礼。直截に申しましょう。本日よりちょうど一年の後、即ち、次に着越しまします陛下の生誕祝いの夜。一人の赤子がこの世に生を受けます」
 首切り役人は磨き終えた刀に赤い布を巻きつけて拳と離れぬようにした。万が一、刀を落とすようなことがあれば、彼もただでは済まないからである。
「その赤子こそが蛇の中の蛇。厄災をもたらす星の下に生まれた蛇蝎にございます」
「では、探し出して殺めよう。お前も安心して死ぬがいい」
 有用な予言だったが、礼に失した行為には変わりなかった。
「ご随意に。しかし、赤子の命を奪っても未来を変えることはできますまい」
「では、どうすればよいのだ?」
「王よ。あなた様は、私が占いの力を用いて選びだした十二人の女と交わり、子を成すのです。王家の尊い血をもってして蛇を取り囲み、災いを取り除く方策を講じるのが上策」
 王は首を傾げる。
「わが血を受けた子供とな?」
「左様。蠱毒の法にて穢れを払い、新しい清らかな御世が築かれるのです」
 皮羊紙の巻物を王に向かって差し出した。騎士が中継ぎをして王の手に書状が渡る。
「これは?」
「十二人の女の名が記されております。全ての女が身籠るわけではございません。ですが、子供の数が八人に達しましたら、女たちの全員を殺めることを忘れてはなりません」
「その理由は?」
「この子供たちは天下国家を救う王家の子であって、腹を貸しただけの女とはなんら関係を持ってはならぬのです」
「まあ、よかろう。先代からの忠義に免じ、おまえの言う通りにしてやろう」
「有難き幸せにございます」
 王が手を差し上げた。騎士たちは白い布を広げて占星博士を取り囲む。
 首切り役人が刀を振り上げた。
「国に悠久の栄えあれ!」
 白い布に赤い血飛沫が描かれる。
「おまえの国を思う心は決して忘れまいぞ」
 占星博士の死体は、布で幾重にも巻きこまれた。門番と下級の兵士が王城の通用門から死体を蹴り出す。
 汚れた身なりの人々に取り囲まれ、衣服や装飾品が瞬きする間に奪い去られる。後に残った年老いた肉体は、ただ腐っていくだけだった。
 
「だからあ。初めにアイツを殺しとけば良かったって話」
 磨いた爪をチェックしながら、姉は浅はかな口を叩く妹を睨んだ。
「それじゃ駄目なの」
 二人は敷物の上に下着だけを身に付けたあられもない姿で体を横たえている。彼女たちの周囲には色とりどりの胡粉や装飾品、絹の衣装などが散乱していた。
「なんで?」
 どうも近頃は湿気が多くて髪の毛のカールがままならない。妹は鏡を覗いて顔をしかめた。
「アイツは所謂、結界なわけ。世界の綻びってヤツを塞いでくれてんのよ」
「じゃあ、死んだら相当ヤバいんだ?」
「当たり前でしょ。その瞬間に世界の均衡が破れて、人々の心は猜疑と憎しみで溢れる」
「子が親を殺し、兄弟が互いの首を絞める。碑文の再現か」
 妹は仕方なく髪のセットを放棄し、貝殻が象眼された箱の中を引っ掻きまわす。
「でも、それって今とどう違うわけ?」
 街の通りを歩けば、強盗、殺人などの犯罪行為を耳にしない日はなかった。
「馬鹿ね。貧乏人の話なんかどうでもいいの。アイツが目を覚ましたら、金持ちや貴族まで殺し合わなきゃならなくなる。そこが問題」
「なんだ。結構、面白い話なんだ」
「言っとくけど、あんたも死ぬのよ」
 目の周りを輝かすために鉛白を混ぜた胡粉を見つけ出して妹は微笑んだ。
「いいじゃん。いつかは死ぬんだし」
「まあ。国のためとかよりはマシな選択だけどね」
 胡粉を心行くまで塗りたくると妹は衣装を一枚引き寄せる。
「ああ。退屈」
「人生ってそんなもんよ。後は年を取って醜くなるだけ」
「最悪」
 姉は掌で自分の頬をゆっくりと撫でた。滑らかで触り心地は悪くない。
 茨を模した金属の縁飾りのついた鏡に二人は顔を映してみた。どちらともなく、吹き出して軽やかな声が部屋に溢れる。
 娘たちは互いの美しい顔を覗きこんで、横隔膜を震わせていた。

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