王国と魔法使い

第二魔術師ラインの訪問

 祈りの塔の最上階にある小部屋には双子の魔法使い兄が眠っている。
 魔法使い兄は生まれ落ちた時にも起きることなく眠り続け、泣き声を上げなかった。王の使いの到着が少しでも遅れていれば、産婆が彼の身体を容赦なく叩き、覚醒の産声を上げさせたことだろう。
 星の巡りが告げた彼の運命は、世界に滅亡をもたらす役目を負った『蛇』だった。
「だから、絶対に起きちゃ駄目」
 双子の魔法使い弟はいつもそう言う。
(でも、ぼくは目を開けて世界を見てみたい)
「駄目だよ。絶対に駄目。わかってんの? 兄さんが起きたら世界が滅びちゃうんだよ!」
(そうかもしれないけど)
 弟は頭を振った。
「それに、ぼくの見るものを兄さんも見ることができるんだもの。目を開けなくたって構わないじゃないか」
(でも、それは自分で見るのとは違うよ)
「違わない! ぼくはこれから少し出掛けるけど目を開けたら駄目なんだからね」
 魔法使い弟はお気に入りの上着を羽織って扉へと向かった。
(どこに行くの?)
「食べて飲んで、女の子。いつもと同じだよ。大臣が面白い店を知ってるんだって。女の子がサロメのダンスをしてくれるんだ」
 弟の指には残らず指輪が嵌っている。
「とにかく絶対に止めて。大人しくしてて。だって、世界がなくなるってことは、ぼくが死んじゃうってことだよ。まさか、たった一人の弟をそんな憂き目に合わさないよね」
(うん。ぼくは誰も傷つけたくない。だけど)
「良い子にしてたら今日は兄さんの好みの女の子にしてあげる」
 扉に手をかけて、弟は兄の方へ振り返った。
「ぼくって本当に優しい弟だよね。兄さんもそう思うでしょ?」
 弟は塔の下まで降りて行く。
「毎晩、毎晩。あんな子供の相手とは、情けなくて涙が出る」
 入口には、近衛の騎士に囲まれた王の寵臣が満面の笑みを湛えて立っていた。面つきとは打って変わった冷たい声音である。
「蠱毒の法を用いて天下国家を救うための手立てと思えばこそ堪えているが」
「公の忠心は王様だとてわかっておられます。もうしばらくご辛抱ください」
 双子の魔法使い弟が入口に姿を現した。騎士たちは一斉に剣を捧げて礼を取る。
「遅くなっちゃってごめんね。兄さんが煩くてさあ」
「いや、いや。兄上のご機嫌を伺うのも大事なお役目ですからな」
「まあね。でも、自分勝手で、とっても気難しいんだ。疲れちゃうよ」
「嫌なことは忘れて楽しいことをお考えあれ。今宵も趣向を凝らしてお迎えにあがったのですからな」
(だけど、運命には逆らえない。あの子がここへやってきたら、もうどうにもできないんだ)
 大臣の甘言に耳を塞がれている弟には、兄の言葉は届かなかった。

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