王国と魔法使い

第四魔術師スクエアの使い魔

「早く捕まえないか。気味が悪い」
 王弟は謁見の間を飛び回るカラスの化け物に眉をひそめた。その正体は、「祈りの塔」から派遣されてきた使い魔である。
「ただ今」
 近衛の騎士たちは右往左往して使い魔の後を追った。
「忌々しい魔法使いどもめ! あの者どもも持ってまわれば王族とは。己の身内の血潮まで憎くなる」
「苦労をかけるな」
 王はゆったりと椅子に腰かけ、退屈そうに騎士たちの追いかけっこを眺める。
「いえ。決して陛下に申し上げたわけでは」
「わかっておる。別に大事ない」
 血を分けた兄に頭を垂れた。ほんの数年の生まれの違いで、絶対的な上下関係が形成されている。
 貴族社会とはそういったものだが、王族ともなれば、長子と末子の差は天と地ほど違っていた。
「確かにあれらは私の子だ。しかし、だからこそ国のために費やすことが正しい上に実がある。王家の血筋の者が天下国家のために命をかけるのは当然のことなのだからな」
「御意」
「煩いな」
 王の呟きに騎士たちは一斉に答える。
「申し訳ございません、陛下」
 当の使い魔はふらふらと空間を漂いながら王弟の椅子の背を止まり木にした。
「無礼な!」
 使い魔に見下ろされた王弟は思わず立ち上がる。
「落ち着かないか。椅子に腰を下ろすがいい。弟よ。おまえのことを皆が笑い物にするぞ。魔法の力を恐れて震え上がっていたとな」
「私を臆病者だとおっしゃるのですか? 兄上のお言葉とはいえ、あまりに酷い」
「そうか? 私は心底、恐ろしい。理屈の通らぬ力もあの子らも。この件が片付いたら私は国中の魔法使い、呪い師の類をすべて屠るつもりだ。占い学者も例外ではない」
 使い魔は王の足元に降りてきた。
「占いや魔術なぞ、私の国に必要ない。そんなものがなくとも、戦はできる。この大陸にある国を残らず滅ぼすこともできよう」
 尊い靴先を突いている使い魔に王は素早く手を伸ばす。捕えて二つに引き裂いた。使い魔の身体は床に落ちる前に破けて紙になる。
「なんということを。これでは、メッセージが受け取れません」
 紙に描かれているのは使い魔を作った魔法使いが、この世に生まれて初めて書いた絵だ。それは母親の腹にいる時には既に決定されたイメージである。
「どうせ淫らな本の催促であろう。届けてやれ」
「しかし」
 王弟は渋い顔だ。
「気になるのであれば、使者を遣わせばよかろう」
「はい。そう致します」
 王は紙片を踏みつけながら部屋を出て行く。
「弟よ。おまえは生まれながらに心労の病だな。時々、気の毒になる」
 目礼した王弟は床に散らばる使い魔の残骸を眺めた。自分もどれほど兄に足蹴にされてきたことだろうか。
 幼い時分、末子に産んだ母親を恨んで階段から落としてやった。大理石の上に広がった赤い血を見て気が清々したのを覚えている。
「いつまでも己が天下と思うなよ」
 騎士に遣いを命じ、王弟は私室に姿を消した。

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