あるところに偏屈な王様の治める国があったとしよう。
その国には「祈りの塔」と呼ばれる高層建築物があり、四組の「きょうだい」の魔法使いが王国と民草の安寧を祈っていた。
「あああ。退屈。なんとかしろ、バカヤロー!」
口を開けば悪口雑言が飛び出すのは、妹の魔法使いだ。
「少しは静かにしろよ。ご近所迷惑だろ」
「ご近所?」
兄の言葉に眉を吊り上げた妹は塔の中屋外から眼下を眺める。神父が神の教えを説く教会まで豆粒のようだ。
「どこにあんの? ご近所が?」
「バカ。稼いだ金の大半を税金に巻き上げられてる可哀そうな連中のことじゃないよ。あっちのこと」
指を立てて、兄は天を指さす。
「ああ。あいつか」
塔の最上階を陣取る双子の片割れのことらしい。
「構わないじゃない。ずっと寝てばっかでさ。もう十五年だっけ?」
「十五年と半月だ。生まれた時から眠ってる」
「とにかく、どうでもいい」
兄は読んでいた本から顔を上げた。王族の側近たちが気を利かせて持ってきてくれた最新の艶笑本である。
「おまえな。自分がなんでここにいられるか分かってるのか。俺らと同世代の子供はみんな働かされてんだぞ。朝日が出る前から日が暮れて目が利かなくなるまで休みなしでな」
首を振って、悲しげな様子を作った。
「それなのに、俺らは毎日ダラダラ食って飲んでエロ本見てだろうが。なんでだよ?」
「優秀な魔導触媒だからに決まってるじゃん。戦争になったら兵器になって戦うんだよ。当然の待遇だと思うけど。あと、エロ本は兄さんだけだろ!」
「小さい事をあげつらうな。女は近視眼的で困る」
再び、艶笑本に目を落とすと人妻が快楽に喘いでいる。
「当然かどうかは知らんが、俺やおまえはフリークス。奇形だ。普通の人間からすればな。その中でも、あいつは異常」
人妻のモデルは枢機卿の愛人だという専らの噂だ。
「あいつが起きたら預言書の再現になる」
「戦争になるってこと?」
「ハルマゲドンだ。ノアの時は全人口の五パーセントが残されたけどな。今度は、きっちり滅びるよ」
ニッコリした妹は足早に螺旋階段に歩み寄る。
「どこに行く気だ?」
「決まってるじゃん。今から、あいつを起こすの。面白いこと教えてくれてありがとう、兄さん」
「おい!」
軽やかに螺旋階段を上がる妹の足音だけが残された。
「しょうがねえな。まだ続きがあるってのに」
どうして一番いいところで次の巻に引き継がれるのか。
「出て来い」
兄は使い魔を呼び出した。カラスが現れる。
「王の弟のとこに行け。こいつの続きが読みたいって伝えろ」
カラスといっても幼児が針金と紙で仕上げた如き奇異な姿だ。
「ぴりおど」
使い魔が鳴く。
「ああ、そうだった。あいつが起きるかも知れないってことも伝えておけ。だけど、コレの続きを持ってこないようなら面会はしない。わかったか?」
艶笑本の表紙を叩いて兄はため息を吐いた。
「いつも余計な世話をかけやがる。あの時、殺しとくんだったぜ」
生まれたばかりの妹が気に入らず、首を絞めたことがある。すぐに母親に止められて、否というほど殴られた。
「ぴりおど」
王城に向かって飛んでいく使い魔を眺めながら、足元に広がる王都に唾を吐く。
「もう誰も俺に手をあげさせない。絶対にな」
抜けるような青空に白亜の塔がよく映えていた。