「おかしいな」
兄が首を傾げる。
「お兄ちゃん。まさか」
「うん。道に迷った」
兄は、背広の隠しから煙草を取り出して火を点けた。
「駅から二十分は歩いてるよ。どうする気?」
「どうするかな」
親戚の法事に向かう途中で二人とも喪服である。堅苦しい服装でこれ以上、動く気力はなかった。
「携帯で聞いてみるか?」
「バカ。法事で死ぬほど忙しい思いしてる人の負担になってどうすんの。タクシーを拾うわよ。住所は分ってるんだよね?」
「はい」
兄はFAXを取り出す。そこには告別式の案内と会場に使われている寺院の住所が記されていた。
とりあえず、大通りに出てタクシーを探す。
「私にも煙草ちょうだい」
「ああ」
差し出された煙草の銘柄は常用しているものとタールの量が倍は違っていた。
「こんなの吸ってんだ。確実に肺癌にだね」
「中坊の時から、これに決めてる。俺は一途な男なんだ。ところで、確か、おまえは未成年じゃなかったか?」
百円ライターを渡してくれる。
「うん。成人のお兄ちゃんの方向音痴に迷惑している未成年」
「論点は、そこじゃないだろ。心身の正常な発達に悪影響が出るんじゃないか? お前は女だから母体保護の観点もある」
「そうだね。でも、イライラMAXの私を宥めておきたかったら煙草は有効だよ。それとも、小言全開スペシャルがいい?」
息を吸い込んで煙草に火を点けた。オイルライターの方が好みだが贅沢は言えない。
「いや、それは困る」
「でしょ」
よく晴れた青空に煙草の煙が吸い込まれて行く。
「バイバイ。お婆ちゃん」
それは、荼毘の有り様とよく似ていた。