OTHER

ある愛の詩

「お兄ちゃん」
 妹が俺を呼ぶ。
「この世界には愛なんて存在しないんだよ。知ってた?」
「それは初耳だ」
 最近は中学生の妹と話が通じない。俺は穏便に済ませる術を覚えていた。
「だから、お兄ちゃんは駄目なのよ」
 腕組みをして頷いている。どうして、いつも動作が芝居がかっているのだろう。
「こんな狭い所に閉じ籠ってたら考えまで縮んで小さくなるの。そういう時は旅に出なくちゃ」
 旅ですか。
「そして、愛を探すの!」
「愛はないんじゃないのか?」
「ないからこそ探すんじゃない」
「なるほど」
 俺はさり気なく鞄から教科書を出して並べてみた。
「宿題?」
「まあ、そんなところ」
「なんか冷たい。他人みたい」
 必ずこの話になる。
「みたいじゃなくて、他人」
 妹は最近、俺が養子だったことを知った。俺は以前に両親から聞かされていたが、別に話す必要もないので黙っていたのである。
「違うよ。私とお兄ちゃんは兄妹だよ」
「義理のね」
 多感な時期だったので相当なショックだったらしく妹は心療内科に通うようになった。
「勉強しないといけない」
 俺は教科書を掴んで振ってみせた。
「わかった」
 一人になると心の底からホッとした。
 俺は部屋をチェーンでロックする。カッターナイフを持ち出して暴れるなんていうことも一度や二度ではなくなっていたからだ。
 医者が言うには妹は俺に恋愛感情があるらしい。
「冗談じゃない」
 同じ家で育った女なので、ある程度のコミュニケーションを取るのは可能だ。だが、性的な魅力は感じない。血の繋がりはなくても彼女は俺にとって、あくまで『妹』だった。
 医者の是もない御託を聞きながら、そんな不埒な感情は薬物か何かで退治してくれと切実に思う。
 先日、両親は俺を留学させることに決めた。
「それまで生きていられるかな?」
 笑うしかない。
 クリップ式のイヤフォンを装着する。隣から聞こえてくる泣き声に対処するためだ。
 流れてくる音楽は耳に心地良かった。だが、外国語の意味を辿ってみれば愛を賛歌する内容である。
 俺はコンポからCDを取り出す。これからはノイズ系オンリーにしようと心に誓いながら、ケースに納めた。

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