携帯の通話ボタンを押す。
「はい」
「ああ。俺なんだけど」
メッセージの表示通り兄だった。
「あのさ。メモ残すの忘れたんだ。今日は母さん遅いんだって。朝方になるらしい。食事は買い食いしてくれって言ってた」
「ピザでもいいの?」
「いいんじゃない。金はいつものところに入ってるから」
ぼくは心の中でVサインをする。
「リクエストある?」
「いや。俺も友達とカラオケだ。勝手にやってくれ」
「うわ。それ母さんに断ってんのかよ?」
未成年で好奇心旺盛な息子を二人も持てば当然だが、母は夜間の外出には非常に煩い。通話状態は明瞭な沈黙がしばらく続いた。
「それは忘れたっていうか」
「とりあえず、黙ってたっていうか?」
「だな」
ラインの向こうからため息が聞こえてくる。
「交換条件かな?」
「だね」
ぼくは頷いた。
「金はないぞ」
「わかってる。今度の法事の時に、おばさん達の相手を一手に引き受けてくれればいいだけ」
母が離婚してから十年になる。悪気はないのだろうが親類からの再婚しろ攻撃は激化の一途を辿っていた。
「それは随分と酷じゃないか?」
「うん。惨いよね」
頭で考えたことを直結で話すタイプの母と交渉しても埒は明かない。親類の年長者たちは、早々に矛先を憐れな母子家庭の子供に移していた。
「わかった。やるよ」
「良かった。じゃあ、ぼくは兄さんの横でニコニコしてるだけでいいんだよね?」
「そうだ。でも、約束は守れよ。母さんには絶対に内緒だぞ」
「誓います」
通話を切断して、ぼくはレンタルビデオ店のカードを取り出す。
一人だけのパーティの始まりだ。