BROTHER

メランコリック症候群

 たとえば、帰宅途中に必ずコンビニに寄る習慣を持っていたとしよう。
「夏はドリンク類、冬は肉まんを買うことになりそうだな?」
「必然だね」
 そのコンビニには、親切で挨拶の声は小さめの女子が六時から七時までレジのアルバイトに勤しんでいる。
「いきなり下心かよ」
「当たり前じゃないか。コンビニは星の数ほどあるんだよ。『必ず』になるには理由がいる」
「まあな。しかも、通学路から道路ひとつ分ずれてるもんな」
 兄は辺りを見回した。
「遠回りもいいところだよ」
 ぼくは頷く。
「そこをあえて通ったわけだ」
「通ったね」
「ところで、ここは昔、無駄に吠える犬と柿の木があった場所じゃないか?」
「うん。今は更地だけどね」
 空地を指さして兄に示した。
「あそこに住んでた婆さんが死んで、税金がどうとかで手放したんだよな」
「国の土地になったって母さんが言ってた」
 小学生の頃には、もっと広い路地だと思っていたが、こうしてみると二人並んで歩くのもやっとである。
「犬はどうした? 親戚に引き取られたんだったっけ」
「ううん。婆ちゃんの葬式があった日に柿を食って死んだんだよ」
「柿?」
 兄は首を傾げた。
「あの犬。婆ちゃんが生きてる時は柿を食べるのを禁止されてたらしいんだ。でも、婆ちゃんが死んだんで食べてみたんじゃない」
 落ちていたのは硬くて若い柿である。
「喉に詰まって窒息死だよ」
「そうか。しかし、ずっとしたかった事かも知れん。ある意味、本望か?」
「名誉の戦死だね」
 角を曲がるとコンビニの明かりが見えた。
「あれか?」
「うん」
 入口の傍にバイクが見える。
「なにかリクエストある?」
「そうだな。激辛カレーまんを頼んでもいいか?」
 レジの勤労女子には勤務時間の終了時に必ずバイクで迎えに現れる彼氏がいた。親切で感じがいいのだから男が放って置くはずもない。
「一緒に来る?」
「いやいや。最期の逢瀬を十二分に楽しんで来い。俺は見守らせてもらうだけで胸がいっぱいだ」
「わかった」
 自動ドアが開くと『いらっしゃいませ』と小さな声が狭い店内に響いた。
 客のいないのをいいことに勤労女子は彼氏と歓談している。ぼくは半年以上も通い詰めた店の中を初めてのように見回した。

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